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東京高等裁判所 昭和30年(う)583号 判決 1955年6月27日

控訴人 被告人 安永岩人 外一名

弁護人 福場吉夫 外一名

検察官 小出文彦

主文

本件各控訴はいずれもこれを棄却する。

被告人大内正守の当審における未決勾留日数中百二十日を同被告人に対する原判決の刑に算入する。

理由

本件各控訴の趣意は被告人安永岩人の弁護人福場吉夫提出の控訴趣意書及び控訴趣意訂正申立と題する書面並びに被告人大内正守及びその弁護人守屋勝男提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

被告人安永岩人の控訴趣意について。

原判決挙示の各証拠によれば、被告人安永岩人が鈴木重治に対する建築請負代金債務の担保に供するため、原判示の如く、情を知らない同人に対し、偽造にかかる日本政府発行名義の取引高税印紙を引渡した事実を認めるに十分でありしかも右証拠中原審第九回公判調書中、証人鈴木重治の供述記載と当審における同証人尋問の結果によれば、右は所論の如く右鈴木に有無を言わさず取り上げられたものではなく、被告人安永岩人が進んでこれを担保に供したものであることが窺われ、この点に関する論旨引用の、同被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中、右認定に反する供述記載部分は措信し難い。しかして印紙犯罪処罰法第二条第一項前段にいわゆる偽造、変造等にかかる印紙の「使用」とは、必ずしも所論の如く、納税の用に供するため印紙本来の用法に従つてこれを使用する場合に限らず、これを債務の担保に供し、又は金融のため譲渡する等広く真正の印紙としての効用を発揮させるため情を知らない他人に引渡し、又は呈示する等の行為を指称するものと解すべきであるから叙上鈴木重治に対する債務の担保に供するため、情を知らない同人に対し偽造印紙を引き渡した被告人安永岩人の所為が同法条にいわゆる偽造印紙使用罪を構成することは多言を要しない。原判示は、その措辞やや曖昧の嫌はあるが、情を知らない鈴木重治に偽造印紙を交付した旨を判示していることに徴し、所論の如く同被告人の所為をもつて偽造の印紙を行使の目的をもつて情を知つている他人に交付する場合に成立するいわゆる交付罪に問疑したものではなく、叙上偽造印紙使用罪の成立を認めた趣旨であると解し得られるから原判決の事実認定及び法令の適用はいづれも極めて正当であつて何等の過誤はない。

論旨は事実誤認及び法令の適用の誤を主張するがいずれも証拠に基かず且つ法令の解釈に関する独自の見解に出でたものであつて採用することを得ない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

被告人安永岩人の弁護人福場吉夫の控訴趣意

一、被告人は本件の偽造印紙が偽造に係るものであることを知らなかつたこと

即被告人は本件偽造印紙が所謂偽造に係るものであることを知らなかつた、之を知つたのは昭和二六年五月頃蒲田警察署に於て取調を受けた際警察員から、その事実を聞かされたときが始めてであつてそれまでは誰からもその様なことは聞いていない、又その物件そのものは見た事もないのである。当時本件偽造印紙は密封がしてあり表面に金額は記載してあつたが中味は見ることが出来なかつたのである。此事実については一審証人鈴木重治の外秦源次郎、安田一郎及今井善信を証人としてお取調を頂けば判明すると思います。(証人等の現住所は追つて申立を致します)

二、被告人は偽造印紙を使用する意思なかりしことは素より之を使用し又は行使の目的で他人に交附した事実もなかつたこと

被告人は鈴木重信に対し本件偽造印紙の交附又はその処分承諾を与えたりとの疑を受けているがその様な事実はない。鈴木重信に本件印紙を交附した者は猪原定彦で被告人ではない。又鈴木重信が猪原から本件偽造印紙の交附を受けた後鈴木より「前所持人猪原が行方不明であるがその現れる迄鈴木に於て保管することにつき同意」を求められた際被告人は之に同意した丈けのことである。その処分につき同意又は承諾の事実はないのである、此点につき証人として前記鈴木重治を重ねて御訊問を賜はりたい。尚斎藤政雄を御訊問願います。以上の次第であるから御審訊の上無罪の御判決を賜はりたく存じます。

被告人安永岩人の弁護人福場吉夫の控訴趣意訂正

第一点被告人には偽造取引高税印紙(以下偽造印紙と称す)を行使する目的及び之を交付する行為がなかつた。

被告人安永が昭和二十五年八月頃鈴木重治に対し偽造印紙十一万七千円を交付した事実については次の如き事情がある。被告人安永は友人猪原と共に前記日時頃鈴木方に金を借りに行つたのであるが、結局金を借りることが出来ず、却つて金を借りるための担保にしようとして持参して行つた前記偽造印紙を被告人が鈴木に対してその頃負つていた建築代金債務のための担保として鈴木より有無を言わせず取りあげられたのである。従つて右偽造印紙は被告人に於ては、何等行使の目的も又交付行為もなくして、同人より鈴木の手に渡つたのであつて、此の間の事情は被告人の司法警察員に対する昭和二十六年五月十六日附及び同年六月二十八日附各供述調書及び同人の検察官に対する昭和二十六年八月二十一日附供述調書によつて明白である。尚この点に付ては証人鈴木重治を重ねて訊問せられたい。原判決が右の点を看過して行使の目的を以て偽造印紙を鈴木に対し交付したものと認定したのは事実の誤認である。

第二点、担保のために利用する意思は行使の目的とならない。

被告人安永は偽造印紙を単に担保のためにのみ利用する意思であり印紙として実際に使用される事は主観的に否定していたのであつてこの事は前記被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書により明らかである。印紙犯罪処罰法は国家の課税権を保護法益とするものであつて、刑法の他の偽造罪とはその保護法益を異にするものであるが、被告人は前記の如く、偽造印紙として実際に使用する事は之を認容していなかつたのであるから、印紙犯罪処罰法の保護法益である国家の課税権を侵害する意図は全くなかつたと言う事が出来る。従つて本件に於ては、被告人には主観的違法要素たる行使の目的はなかつたものと解しなければならない。原判決はこの点に於て法令の適用を誤つて居る。

第三点、偽造印紙の行使とは該印紙を真正なものとしてその用法に従い書面に貼附して使用する事であつて単に担保として使用する事は行使とならない。

明治十四年三月三十一日及び昭和六年十月三日の大審院の各判決は、偽造有価証券の行使について、行使とは偽造有価証券を直接なものとして使用することであつて、必ずしもそのものの本来の用法に従つて使用した場合に限らないと判示して居るが、右両判決は偽造有価証券を如何なる使用方法によつて使用しても全て行使となると言う趣旨ではなく、有価証券としてそれを作成した直接の目的以外に使用してもそれが有価証券としての広い意味の用法に従い使用したものであれば行使となると言う事を判示したにすぎないと解すべきである。印紙は有価証券と異りその使用目的物たる書面に貼附して使用する以外には全く使用方法はないものであつて、たまたま本件に於て鈴木は之を被告人より担保として取りあげたのであるが之は決して印紙の用法に従つて使用したと言う事が出来ない。被告人安永は偽造印紙を担保としてのみ鈴木方において来たにすぎないのであるから、被告人は右印紙につき行使の目的がなかつたものと言うべきである。この点に於て原判決は法令の適用を誤つて居る。

第四点、交付とは情を知れる他人に交付することであり情を知らない他人に対し交付した場合は交付にならない。

被告人安永は鈴木に対し偽造印紙を交付するにあたり之が偽造印紙であることは告げず且つ鈴木は之が偽造なる事を知らなかつたのであるから、被告人の所為は所謂交付にはならない。印紙犯罪処罰法第二条第一項は偽造印紙の「使用」及び行使の目的を以てする「交付」「輸入」「移入」を処罰するものであるが、同法は前記の如く国家の課税権を保護するものであるから、刑法の他の偽造罪の如く広く「行使」を罰する必要がないので、印紙として書面に貼附して使用した場合のみを罰する事となつているものと解すべきである。本件の如く単に偽造印紙を真正なるものとして而も担保として情を知らない他人に交付したにすぎない場合は未だ国家の課税権に対する侵害がないので印紙犯罪処罰法第二条第一項の「使用」「交付」いづれの構成要件をも充足しない。然るに原判決は之を交付罪として同法第二条第一項を適用処断して居りこの点に於て法令の適用を誤つて居る。

結論以上第一点の事実誤認及び第二乃至第四点の法令の適用の誤りがあるので原判決は破棄せらるべきであると信ずる。

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